「和のある暮らしのカタチ展」

wakameです。

昨日、とある勉強会で、「わかめが危ない」「だって生わかめが・・・」という言葉を何度も繰り返し聞かされ、その度ついビクリとしておりました。

青森県六ヶ所村の原子力発電再処理工場についての、以下のようなMINI講座です、大盛況でした。来月もあります。これはもうwakameは三陸産生わかめの為にナントカしなきゃ。と思ったり、思わなかったり。。。
http://cnic.jp/modules/piCal/?smode=Monthly&action=View&event_id=0000000056&caldate=2008-1-30

再処理工場を最後まで手離せないのは誰なのか、よーやくその実態のぼやぼやしたところがわかってきました。昨日聞いた話が本当であれば、意外にもしかしてもしかすると、打開の余地があるなーと、思ったり思わなかったり。

 
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さてさて、先日は、「和のある暮らしのカタチ展」に行ってきました。

「ものづくり」は、ドラマだと思います。
そこには、作り手はもちろん、デザイナーがいて、プロデューサーがいて、
素材生産者や流通業者がいて、今回のOZONのような広報等の協力者
がいて、すべてがバランスよく取れて初めて、エンドユーザーに響いてくる。

日本が誇る「ものづくり」の背景にある、自然と人間の絶妙なコラボレーション
とその危機を知りたくて、現場の生の声を聞いてきました。



◆内山紙(長野県)◆

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写真右:印入りが職人waza、もう片方は工業製品。(手作りならではの風合いが面白い、職人wazaはなかなかチギレナイ:写真だとよくわからないです)



仕事の関係で招待状を下さった和紙屋さん。見事グランプリに輝きました。
照明職人ではなくて、和紙職人です。(照明のデザイン協力は、東京のお兄さん)
和紙の原料となる「内山楮(コウゾ)」は、雪の下で「やさしい白さ」へ漂白されます。
ところが、最近雪が少なくなって、「自然の力による白さ」の危機にあるそうです。
また、楮(コウゾ)も生産者不足なので、和紙販促とのバランスをとるのが難しい、とか。




◆藤製品(山形県)◆

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ツルヤ商店のイスやサイド籠や傘立てなど。
スチールと組み合わせ、藤(トウ)製品の注目度がぐんっとあがった。
欧州の展覧会やデパート、若者雑誌等、ひっぱりだこな今日この頃。
山間部の産業活性を図る県の振興支援事業として、美大卒の無名若者デザイナー
を県がツルヤ商店に紹介して、これら藤製品のヒット商品が生まれたそうです。
先日久米宏ワイフがイスをペアで買っていったらしいです。


藤(トウ)と蔓(ツル)は違う。国内の藤を調達してくれる人がいないので、
今は海外からの輸入に頼っています。
かつて、雪で閉ざされる山形県の冬場の内職仕事として藤製品の
加工作業(藤を編んで布状にする)があったそうです。
藤製品需要が落ち込んでしまって内職文化も廃れてしまったので、
挽回を狙って試行錯誤中、ということです。




◆大館曲げわっぱ(秋田県)◆

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わっぱの奥は深い。
樺縫い(桜の皮でとじた部分)は、職人のチョットとしたお洒落。
模様によって名前がついています(親子どめ・うらじ縫いなど)。

ある職人に、出会い頭に

「わっぱの中の冷やご飯は旨えーゾー。
 おっかさんなる娘だったらそれくらい知っとけ!」

って怒られ、やや凹みました。いつかマイワッパ、手に入れてやる!!
(But, Too Expensive For Me!)

写真は、柴田さん一家の商品。
シバキ塗りといって、天然秋田杉のわっぱを長く丈夫に使うため、
地肌(白木)に、渋柿と漆を重ねている。
ウレタン塗装や伝統工芸のようなツヤツヤ感はないけど、
10年使った若旦那の弁当箱はまさに黄金のアメ色に変化して
木目が活き活きと踊ってるのがわかる。

ところが、今はウレタン塗装に押され漆需要が減ってる為、国産の漆流通が衰退し、
漆は中国からの輸入に頼わざるを得ないそうです。

曲げわっぱのつくり方詳しくはこっち(大館曲ワッパ共同組合より)


◆竹皮細工(群馬県)◆

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竹にもいろいろあるけど、福岡県の竹は特にしなりに優れ、
江戸の昔より竹細工に重宝されている。
今では竹林が手入れされなくなったため、群馬からわざわざ
福岡の山に行って竹林整備をやって素材を確保するらしい。
日本の技伝承に尽力したドイツ建築家「ブルーノタウト」の意志を継ぎ、
「タウトてらこや」を主宰する前島美江氏(写真右)。詳細はこちらを。


◆樺(桜皮)細工(秋田県)◆

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桜(樺)の樹皮は、少しずつ切り取っていけば、木を殺さずに済むのだけど、
よく誤解されて困っているとか。伐採後の根幹部の樹皮を使うこともある。
桜皮を調達してくれる職人がいなくて大変らしい。




◆京表具(京都府)◆

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「京表具」=「木」+「のり」+「紙」。ふすまとか、屏風とか。
「のり」は京生麩(ナマフ)製造のときのカスを貰ってのばして作って、
「紙」は草木を使って染める。
コウゾや藤・桜皮とおんなじで、草木染めの原料を調達する人が少ないのが現状。
京都表具協同組合は、地元で表具づくりワークショップをしたり、
小学校に出前授業をしたりして、少しずつ伝統の技を伝承しようとしている。



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と、いう感じで、ほかの職人wazaもみんなほんとに素敵でした。
池袋東武で「WAZA2008」2/28~3/4に一部出展されます。
そちらも面白いと思います。


ここから先は少し長いです。
日本人はそもそも「農耕民族」と言われているが、それは少し違うそうです。
本当は、「林業農耕民族」。

それはそうだろうと思います。
だいたい里山は、田んぼや農地があるだけじゃない。
山の恵みや動植物とのgive&takeの営みがあって、その循環を
とても自然に、合理的に、日本人はバランスをとってきた。
ある時代までは。

たとえば、神奈川県のある地域でかつてタバコ葉を栽培していた頃は、土の上で苗を暖めるために山のくず(落ち葉)が大量に必要で、同時に山はくずかきの習慣のお陰でいつもきれい。くずかき用の熊手や農道具の素材・お正月のお飾りなんかも、裏山から竹や潅木をもらって作られていた。タバコが作られなくなってハウス栽培などに転換された30年ほど前から、くずかきもしなくなり、山は忘れ去られ荒れ始め、農道具は蔵で眠り、生活文化も様変わりした。まさにものの価値・ことの価値が、お金でしか計れなくなったから、山は捨てられ、庶民の中の職人は急減した。農道具だって、職人が作ったものは、素人のものとは全然もちが違う。

と、そんなことをここ一ヶ月くらいで現場で見たり聞いたり、考えたりしました。

明日(木曜)は、初めての愚問会です。
愚問と飲み物を小脇に、お越しください!


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by satoimolove | 2008-01-30 04:49 | reports
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